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2007年10月 3日 (水)

西表旅行記

9月末、西表に行っていました。

そんな西表の旅行記で、久しぶりの更新です。

1.初日

私と連れが沖縄の地に降り立ったのは20日昼頃。
那覇でした。
西表は本当に遠く日本の最西端与那国のお隣の島。
沖縄本島よりも台湾の方が圧倒的に近い位置にあります。
そのため、一度那覇で降りて昼食をとり、石垣行きの飛行機に乗るように日程を組んでいました。

お昼は空港でとるのもつまらないし、やはりここは那覇観光の定番・国際通りと牧志公設市場へ。

交通手段は“ゆいれーる”。那覇空港から首里まで走るモノレールです。
ゆいれーるから見える景色は建物ばかり。しかも本土から進出してきた大手のスーパーや外食チェーンがいっぱい。
那覇は都会なんだなぁ…

何はともあれ国際通りでランチ。
タコスとタコライスを頼んで、2人で分けあいました。
東京で今まで食べたことのあるタコスは皮がドンタコスの大きいのみたいな市販のスナックだけど、ここではちゃんと皮を焼いてあってとってもおいしかったです。
満足☆

その後足を伸ばした市場は昼だったせいか那覇の台所、というより観光地という雰囲気。
朝きたらまた違うのかもしれませんが、観光客が沢山いて、市場の人たちもそれに慣れている感じでした。
ただ、嫌な感じでスレた感じではなく、観光客と共生しているようなオープンさ。

ただ気になったのは、4年前に来た時には、無造作に置かれていた鮮やかな色の熱帯フルーツが、東京のスーパーの林檎や梨みたいにちゃんと一つ一つ固装ていうか白い発泡スチロールみたいなやつがかかっていたこと。
なんだか綺麗すぎるなぁ…

その後、那覇からいよいよ石垣へ。
1時間弱のフライトを終えると小さな飛行場へ到着。
ついに来たなぁ、という感じでした。
石垣では具志堅さんといういかにも沖縄らしい苗字のドライバーさんの運転するタクシーで、真っ直ぐに離島桟橋へ。
タクシーから見る石垣は木がひどく倒れ2日前の台風の爪痕が残っていました。
那覇からの飛行機には何人か手ぶらの作業着の方がいらしたのですが、恐らく本島から八重山の復旧作業に来た方々なんでしょう。

石垣から小さなフェリーで40分。
4年ぶり、2度目の西表に到着。

第一声は
「帰ってきた」
そんな感じ。

それは、西表に帰ってきたと言うことではなくて。
島育ちの私にとっては、波をかきわけて、小さな港に到着するのは、自分の故郷に帰るときと同じ感覚がするのです。
東京に居ては決して感じることのない、懐かしい感じ。

やっとここから本番です。

2.二日目

一夜明けて西表で目覚める最初の朝。
部屋には微かに波の音が。
眠い目をこすりながらカーテンを開けると目の前の海、そして虹。素敵な朝です。


実は前日。西表は台風の影響から、断水・停電が続いていました。
ホテルはそうした事態に備えた設備があり、私たちもプールで泳いだり、目の前に広がる月が浜という素敵な名のついた浜辺をお散歩したり、美味しい食事やバーでの時間を過ごせて、問題なくリゾート気分を味わえていたのですが、自家発電の音と思われる音が大分していたのです。
朝起きてみると、その音が消えていて、自然の音だけが聴こえる静かな夜明け。
穏やかな気持ちで、暫しバルコニーにて瞑想……


身支度と朝食を済ませていざ出発。
実は今日は1日西表ではなく、お隣の小さな島、竹富島に行くことにしていたのです。
私は以前にも行ったことがあったので、敢えて行かなくてもOKだったんですが、八重山初体験の彼に昔ながらの沖縄の町並みを見せてあげたくて。

石垣を経由して、竹富へ。
竹富はレンタサイクルで回るのが一般的らしく、港から一気に集落の中のレンタサイクル店に車で連れていってもらう方が大半なので、港近くのビジターセンターに立ち寄ると空いていて、穏やかな空気が流れていました。
展示を見ると竹富の四季や歴史が偲ばれて、そこで生きる人たちの香りが感じられた気がしました。

港から集落へ続く坂道をゆっくりと緑広がる風景の中あがっていくと、あまりののんびり具合いに笑いだしそう。
東京の喧騒が嘘のよう。

集落着くと、シーサーや道行く水牛車を写真におさめながら白い道を歩きます。
途中、素敵な雑貨屋さんで絵葉書を購入し、八重山そばの店・竹の子で昼食。
地元のおじさんにパラソルを広げるのを手伝ってもらい、お庭の席でそばを食べました。
ダシと、おばぁオリジナルの調味料“ピーヤーシィ”が美味。

昼食後は再び町を散策。
日本最南端のお寺を訪ねて貨幣や煙草に見る沖縄の占領の歴史をきき、途中の民家でお手製の月桃茶を買い、塔から街を一望。
そのあとはレンタサイクルを借り、集落から離れたビーチへ。
暑いけど自転車が気持ち良い。
再び集落へ戻る途中では東京から移住してきたという方方々の営む焼き物工房とアクセサリー工房を訪ねました。
どちらも素敵でした。

竹富での1日はあっというまに過ぎ、夕方再び西表へ。

夜はホテルから歩いてお寿司屋・初枝さんへ。
すごく美味しかったです。
北の魚と違って、身がしまって味があるのが沖縄の魚みたい。
お寿司のほかにも塩で煮た“マース煮”、グルクンのから揚げ、海草“アーサ”のお茶漬けも美味。
大満足のお夕飯でした。
また来たいお店です。

帰りはすっかり暗くなり、外灯もほとんどない西表。
持参した懐中電灯で夜道を照らしながら歩きました。
なんだか不思議な感じ。

夜は少し、お部屋で泡盛を飲み就寝。
本当に大満足な一日でした。

3. 3日目

3日目。
この日は“東洋のガラパゴス”西表を味わおうとジャングルをカヤックで登りピナイサーラという滝の滝壺で泳ごうという半日エコツアーを予約しました。そんなわけで朝からホテルに、ガイドさんがお迎えに。
カヤックが置いてある川辺まで車で向かいます。
途中、港の近くでガイドさんが「おやつ」を購入したあとは、段々と山路に。途中からは舗装されてない細い道を入っていき、なんだかわくわくします。

車を降りてカヤック指南を受けると、徒歩で山路をさらに進みます。
若いガイドの方だったんですが、歩きながらも色々な植物、それにまつわる西表の習慣や伝説などをお話してくれました。

川につくといざカヤックへ。
私も連れもカヤックは初体験。
2人乗りに乗ったんですが、最初は右往左往してました。

少~し慣れてきた頃から次第に川幅が広くなり、景色が開けてきてジャングル気分!
濁った土色の川にマングローブの森。向こうには緑の山。

ここは本当に日本かしら?っていう風景。

40分ほど行ってカヤックを降りて、今度はトレッキング。
森の中は台風のために木が沢山倒れていました。
それ自体は山の栄養になり決して悪いことではないけれど、前回の台風からの周期が短すぎて心配とのことでした。

20分ほど歩くと目的地ピナイサーラの滝に到着。
滝壺では水着になって泳ぎました。ライフジャケット着用ですけど。

滝の水は冷たくてすごく気持ちが良かったです。

この澄んだ滝の水は段々とジャングルの植物から養分をもらいながら海に注ぎ、その森の恵で魚が育つんですって。
だから、西表の海はは宮古島なんかには透明度では劣るけれど、魚たちが育つ豊かな海なんだとか。

山が海を育ててるんですね。

滝壺からあがると、ガイドさんが先ほど購入した「おやつ」パイナップルを切ってくれました。
西表の中でも甘いパイナップルなんですって。
食べてみると本当に甘い。幸せです。

帰りのカヤックはなんだかみんな慣れてきて速く進んじゃうので、逆にガイドさんはそれをとめて、ゆっくり進みましょうと促します。

「30秒間目を閉じて」
カヤックを漕ぐのをやめ、ただ目を閉じてると、凄く静か。

水の音。
鳥の声。

こうして、自然に心が安らいだツアーは終わりました。
とても素敵なツアーでした。

ヒナイサーラツアーを終えて午後。
私は島の東側に向かいました。

目的地は由布島。

昔、確か電力会社のCMにもなっていましたが、西表から遠浅の海を徒歩か水牛に乗って10分弱の島です。
人口は1桁代くらいらしい。
そこの島が植物園になっていて入ることができるんです。

私たちも水牛に乗って出発!

水牛車には10余名ほどのお客さんと、郵便物が。
どうやらこの水牛車、観光用だけでなく、荷物を運ぶ生活路線の役割も果たしているよう。

中に入ると、熱帯の植物や、猪たちのいるプチ動物園。
それに台風で海草が打ち上げられた浜。

のんびりとしました。

帰りは徒歩で西表まで渡りながら、水牛車を撮影

由布島水牛車乗り場から最終バスで一路ホテルへ。
途中、地元の方々はバス停のないところでも降ろしてもらっている姿がアットホームでほのぼのしました。

ホテルに着いてマッサージを受けて(←気持ち良い~)、夜20時。
ホテルの近くにあるレストランinabaさんへ。
近所ということで、懐中電灯も持たずに出かけたのですが、真っ暗でちょっと後悔…

と思っていたら!
なんと、蛍に遭遇しましたっ!!

私、生まれて初めての蛍体験です。

めちゃめちゃ感動っ!!

お店へ着くと、ちょうどお店の代表さんが、民謡ライブを始めるところでした。

これまたラッキー♪

いつもやってるわけじゃないらしいので、タイミング良かったです

涙そうそうや、花などお馴染のナンバーも交えつつ、西表や八重山の唄を解説しながら歌ってくれました。
楽しめる唄から、ろうろうとした歌声に、圧制下にあった島の苦しみを垣間見るライブ。
メニューを見ると、このお店の店名inabaの由来が書いてありました。

唄ってくれた代表の生まれ育った、そして今は廃村になってしまった集落の名前なんだそう。

このお洒落なお店はおそらく二代目あたりがきっと観光客向けに改装したんだろうなぁ、想像されるのですが、その中でも代表は自分の想いは残したかったんだろうなぁ、なんて勝手に想像。

とにもかくにも、素敵な唄と食事。

こうして西表旅行3日目も幸せなうちに終わったのでした。

4. 最終日

最終日の朝。

目の前の海から涙の音が聴こえる目覚めとも、今日でお別れです。
朝食の後、チェックインを済ませ、荷物を預けて月が浜に行ってみました。
砂浜で、東京から持ってきたパタゴニアのフリスビーをしたり、めちゃめちゃ速く動く蟹を追い掛けたり。
フェリーまでの時間、幸せな朝をくれた浜にお別れ。
海亀が産卵にくるという月が浜。また訪れたいなぁ。

あっという間にフェリーの時間が来て、スタッフさんの素敵な笑顔に見送られホテルをあとにしました。
なんだかとっても淋しい…

フェリーはこの旅で初めて、濡れるの覚悟で景色の綺麗なデッキに座りました。
デッキから緑に覆われた西表が遠ざかっていくのを淋しい気持ちで眺めました。

……。

40分ほどすると石垣の桟橋付近が見えてくるのですが、階数のあるリゾートマンションやホテルが目に入ってきて、石垣は都会だなぁ、となんだか呆然としてしまいました。
けれど都会と思った石垣ですが、石垣空港は本当に小さくて、やっぱり東京からは距離も生活も大分遠い場所なのです。
短いフライトを経て到着した那覇ははるかに空港も広く、街は賑やかだったのですから。

そんな那覇もゆいれーるに乗り市場のある牧志の辺りを過ぎ、車内の観光客がほとんど降りた大型免税ショップモールのある駅を通過すると次第に緑が目立つ風景になりました。
目的地首里の辺りは穏やかな城下町でした。
お城の近くで入った琉球料理のお店は古民家を改装して作られたようで、お庭を眺めながら食べる定食はどれも沖縄の味で素敵でしたよ。
「あしびうなぁ」さん、首里に行かれる方にはおすすめです。

首里城は修学旅行生がいっぱいですが、城下町金城の石畳の道は訪れる人もなく、ひっそりと昔の面影を残しているようで気持ちが良かったです。

そうこうするうちに、夕暮れ時になり、空港へ再び向かいます。
本当は国際通り辺りで夕飯を食べようと思っていたのですが、ランチが遅かったためお腹が空かず、国際通りでは手作りシーサーキットを購入しただけで、空港へ。
空港で「A&W」という沖縄限定のファーストフード店で夕飯用にテイクアウト。

真っ暗で何も見えない沖縄近海上空で頂きました。

羽田から乗った帰りのバスの中、あまりの建物の多さに眩暈がしました。
そして井の頭線の中で日付が変わって9月24日に。

おっと、30歳になりましたよ!

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コメント

蛍に遭遇、とても楽しい旅行だったようですね。読んだいるだけで一度行ってみたくなります。
都会の喧騒も、どっぷりと浸ってしまうと何でもなく感じるのですが、知らず知らずのうちに心を削っているのでしょう。

島といえば大島しか行ったことのない私ですが(苦笑)、今でも椿咲く季節になると思い出します。

30歳、おめでとうございます。30代は性別に関係なく、最も光り輝くことの出来る10年だと思います。

投稿: TOM | 2007年10月12日 (金) 20時16分

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