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2006年4月16日 (日)

桜散る前橋人形浄瑠璃 ー編集長と行く取材旅行シリーズー

日帰りで行ってきました。前橋へ。「下長磯操翁式三番叟」なる人形浄瑠璃の祭りへ。色々ビミョーなお祭りでした。

ちなみに本日は私の新機材NikonD200の取材デビューです。レンズが足りません(笑)。怒られながら編集長にワイドレンズ借りました。感謝感謝。

13時前。現場へ到着。「ここでいいのかな?」という位静かだけれど、一応会場のようで、数人のオジサンたちが居ます。「今日は何時からですか?」と声をかけると「2時からですよ」とのこと。しかし、あと1時間で始まるとは思えない静かな様子・・・。桜が散ってなんだかうららかな様子。

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うーむ。と思っていると、オジサンたちはとても良い人たちで、浄瑠璃に使う人形の入った倉庫を開けてみれてくれました。中には2つのガラスケースに3つずつ人形が入っていました。正面は古い人形が3体。これが本物で、聞くと250年くらい使用されていたものとのことです。左のガラスケースの人形はレプリカ。一昨年作ったものだそうです。うーん、お肌ツヤツヤ。オモチャ売り場のお人形みたいです。本番で使うのはレプリカの方だそう。本物の方が古くて日本の「人形」という寂しい感じがしてやっぱり良いです。

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また、オジサンは浄瑠璃の台本も見せてくれました。もとは天保の時代に書かれたもので、今の残っているものは日露戦争開戦の年に書かれたものをコピーして配ったものだそう。オジサンは「いやー、達筆でおれなんかよめないけどねー」とのこと・・・。

さてさて、13時半を過ぎると、一気に会場の準備が始まりました。なんだかあれよあれよと言う間に出来上がってくる。レプリカのお人形も倉庫から舞台へ移動です。

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ちなみに下の写真はお仕事中の編集長。気づけば舞台に自分も昇ってこんな体制で写真を撮っているのはさすがです・・・。

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会場設営もあっという間に終わりです。

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このぐらいの時間になると、人も集まり始めます。その中によく見るとスーツで議員バッヂをおつけになった方々がゾロゾロ・・・。うーん。さすが保守王国群馬ですね☆・・・しかし、テーブルの1列目のこぎれいで見晴らしの良い席で議員さんたちが並んで座る前で一人地元のおじいちゃんが座布団に座ってお酒を飲んでる姿は何だか笑えます。

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何はともあれ、祭りはスタートです。しかし、この時点で予想外の展開が。マイクを持ったスーツのおじさんが祭りの教科書的な説明を始めました。そして、保存会の誰々さんが云々、といった大変日本的な挨拶をしていらっしゃいました。

それがひとしきり終わると鳥居から人形の入場です。これは「おねり」と言われるものだとか。箱の中に人形が入っているものと思われます。

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この「おねり」から舞台に上がります。そして、「出端」と呼ばれる始まりの太鼓演奏。それに続いて人形たちができます。そして3体の人形たちが操られ舞を舞います。人形はそのまま出てきたり、能面をかぶって出てきたり。唄は謡い手と鼓のみです。三味線はありませんでした。舞は3体の人形がそれぞれ舞う、「千才の舞」、「翁の舞」、「三番の舞」、さらに千才と三番の問答と続きました。その様子。

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そんな舞台の上の演者たちは真剣な面持ちでした。この祭りの特徴は、オープニングの際にも教科書的な説明をしていたオジサンが、ここでも逐一人形が何をしているかマイクで解説することでした。さらに、舞台と桟敷が非常に遠く、音はマイクで拾ってキンキンいう音を伴いながら観客に伝えられます。

とにもかくにもそんな風に演目は続いていくのですが、途中から子どもたちは飽きて、立って遊んでました☆

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そうして、舞が終わると最後に「面箱くぐり」というもの。面箱の下を観客がくぐり無病息災を祈願するもののようです。私もくぐってみました。

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全体を通じて、人形浄瑠璃自体というよりその開催の方法にかなりビミョーなものを感じました。
なにがどう「ビミョー」かというと、正直「このお祭りいつまで何にために続けるんだろうな?」あるいは「いつまで続けられるんだろうな?」ということで。
なんかマイクでいちいち解説ってのも分かりやすいけど、なんだか教科書みたいで味気ない。なんというか「味わう」感じや、祭りというものがもっている「参加する」感じっていうのは感じられないんですよね。運営している側は参加者で、準備の様子なんかは地元のつながりを感じるんだけど。「保存会が云々」みたいな話については、なんか「保存の仕方としてどうなんだろう?」という疑問を覚えました。

会場に若い人が居ないんですよ。本当に小さな子どもが居たら、あとはほとんど40代後半以上の方々ばかり。50代くらいの人が中心ですかね?要は次を担う世代の人が居ない祭りだな、というのが感想なんですよね。「教科書的」に内容を伝えて保存しようとしている感じ。「参加する」って感じがないと私が感じたのはその辺りです。

今まで色々観た祭りでなかなか盛況な感じがあるのは、どれも若い人には若い人の役目があって、役割をとる、つまり参加しながら伝えられていくんだな、という感じが祭りにもあったし、参加している若い方々の様子や会話を聞いていても感じられたんですよね。自然にやってるな、という感じ。

今回の祭りではそういうのが感じられなくて、何のために誰に向けてどうやって保存していくつもりなのか、そんなターゲットが見えない感じなんですよね。その辺りが「ビミョー」という感じでした。

地元のオジサンたちはとても良い人たちでしたし、人形浄瑠璃自体は面白く価値の高いものなのでしょうが。どのように続けていくか、という問題はたぶん日本全国津々浦々様々な地で問題になっている非常に解決の難しい問題であろう、というのは勿論わかるところです。ただ、それを守ろうとするときにいったいどのような方法があるのか?というのを考える際には、次の世代にいかに伝えていくか、そしてその伝え残すという行為自体が実は次の世代といかに恊働していくかという問題を孕んでいるのではないか?という視点は重要なのではないかと思ったわけです。

現代におけるコミュニティ作りや地域のあり方がいかにあるべきか、というのが非常に難しい問題であるということを改めて認識した取材でした。

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