« 2006年1月 | トップページ | 2006年3月 »

2006年2月16日 (木)

最初の「またね」と最後の「またね」

玄田先生のブログ「玄田ラヂオ(http://www.genda-radio.com/)」で、大阪A'(http://www.adash.or.jp/)のいむらさんが「またね」について書いているのを読んだ。「本当にそうだなー」と思いつつ、なんだかそれに触発されて「またね」について、色々考えてみた。そうしたら、いろんな想いの「またね」がある、って思った。

最初の「またね」はいむらさんが書いていたのと同じ。初めて、私たちのもとに来てくれた不登校・ひきこもりの方々をその日最後に見送る時、私も「またね」「またおいでね」と見送る。今日も初めてお会いする方がいて、「またおいで」、そう声をかけて見送った。また、来られますように。待ってるよ、ここが最初の一歩になりますように、そんな想いをこめて。

夕方、フリースペースのいつものみんなを見送るときには、私より先にみんなが「また来週」と言った。そんなみんなにも、最初は「またね」と私から声をかけていた。いつからだろう「またね」は私より先に、みんながいうようになった。それは、みんなが少し外に向けて歩き出している気配を感じる「またね」。

「来週はバイトで来られないので、今度は再来週に」。そんな言葉で帰っていく人も居る。そんな間隔の空く「またね」は、みんながもうすぐ私の元から離れていく、そんな嬉しい気配を感じる「またね」。でも、やっぱり、彼らはまだ不安で次にここに来られることを「またね」で確認してく。だから、こちらも「あとちょっと頑張って」、そんな支える気持ちの「またね」。

最後の「またね」は、お別れになってほしい「またね」。私たちのもとを離れ、一人で社会に歩き出した人に、「これから頑張ってね。でも、困ったことがあったらまた来て大丈夫だよ」、気兼ねなく、失敗したら、再度ひきこもることなく、ひとまずここに戻ってこられるようセイフティーネットのつもりで伝える「またね」。でも、本当はここが必要なく生きていけることを祈る、だから本当に「またね」になっては困る、そんな「バイバイ、頑張れ!」の想いのこもった、最後の「またね」。

出会いから、別れまで、色々な「またね」がある。でも、どの「またね」にも、いつもみんなを応援する気持ちがこもっているのだ。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2006年2月15日 (水)

私と仕事と

現在,初夏くらいからぼちぼち参加していた中学生のキャリア教育の研究が大詰めを迎えています。私の担当は子どもたちが参加してキャリア教育に参加してどんな風に思ったか,つまり生の声を分析することです。そんなわけで,日々子どもたちの記述と向き合いながら,つらつらと考えてみる。

ここから先,あくまでも私見であり,データにちゃんと基づいたものではないので,ご注意を。私の徒然の随想です。

私は仕事が好きです。私のことをワークホリックと思っている人が居るほど,仕事が好きです。

私は心理の中でも職場柄,また研究柄,気づけばニート対策とかそんな風な状況の渦中に居るようです。そんな私は,といえば仕事をしていない状況,というのがもうすでに想像できないほど仕事をするということが身近。

振り返れば,私は仕事の原型的なものを物心つくころから始めています。

最初は,お手伝い。私は幼い頃小さな島で民宿を営む家に育ちました。お客さんが来るのは夏季シーズンのみですが,そのシーズンに「お皿洗いを手伝う」とか,「お客さんの部屋に食事を運ぶ(そして,お客さんに「えらいね」って褒められる!)」とか,そんなことがあたりまえ。シーズンが終われば,当時としては嬉しいほどのお小遣いをもらいました。家族総出(父除く)のみならず,そのシーズンに合わせて東京から来てくれる叔母や従兄弟と共に,働くのが年中行事でした。(まぁ「働かざるもの喰うべからず」という家でしたし・・・)

残りのシーズンには祖父母があしたばを出荷用にまとめているのを横で見ていたり,一緒に畑に行ったり。母が裁縫するのを見ていましたし,父が働く職場に遊びに行ったこともありました。しかも,父は港で働いていたので,父のみならず同じ会社の人が働く姿を目にすることはよくありました。

私にとって,働くということはとても具体的で身近なことだったのです。

今,こうして子どもたちの言葉を分析していると本当におどろいてしまう。子どもたちがあまりに仕事や働くということについて知らないなぁ,と。色々な人が居て,色々な仕事があって,色々な思いで仕事をしているということを知らないんですよね。朝起きて,電車に乗って会社に行っていればみんなサラリーマンで,ドライバーも,技術屋も,営業も,経理も,事務も,研究者も全部一緒。身近な親の仕事でさえ知らない子どももたくさん居る。

確かに,今までも薄々肌でそれは感じていて。11月にあるイギリス人研究者の一家と食事をしたときに,娘さんが研究者である母の新作の論文について色々と説明してくれるのを聞いたとき,「すごい!日本でこんな子ども見たことないわ」と思ったのですが,そう思った背景には,私の中に「日本の子どもは親の仕事の内容を詳しく知らない」という薄々感じていた日ごろの感覚があったに他なりません。(って,そこの家族がイギリスの典型か,って言われたら,相当いい家庭なのかな,とも思ったわけですが)

まぁ,こうしたことは産業構造の変化だったり,といった社会の大きな変化があったりするのでしょうから,親や家庭を責めるのは,ちょっと違う気がします。ただ,こうして世の中が動き始めて,せっかくキャリア教育しよう,って流れになったので,中途半端は良くない気がします。子どもがこうした教育プログラムに参加して,「もっと仕事について知りたい!」とか,「将来これを役立てよう!」という気持ちを持ったり,あるいは「サッカー選手は無理そうだから,別の何か関連する仕事とか,新しく興味がもてる仕事は無いかな?」とか夢を変更せざるを得ない,そんなときに,それを持続させられたり,応援してもらえたり,社会に出て行ける自分に育っていくのを支えてくれる地域であり,社会であったら素敵だな,と思うわけです。

そんなことをつらつら考える今日この頃なのです。

14歳からの仕事道 Book 14歳からの仕事道

著者:玄田 有史
販売元:理論社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0) | トラックバック (0)

バタバタ・バレンタイン

久しぶりに、バタバタと仕事をする。

今日はバレンタインだというのに、なんだかまったく無縁にバタバタ、バタバタ。

1日中、机に向かいっぱなし。そんなのオフィスで働く人にとっては当たり前の生活かもしれませんが、人と対話するのが仕事の私にとっては、ちょっと珍しいこと。
向かい合ってカタカタカタカタ、キーボードを打つ。

日付変わって1時間。やっと明日の打ち合わせの目処が立ちました。

ふー。研究は、肩が凝る。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月12日 (日)

「sweet sixteen」

来ましたね。久々に。心臓が痛いほどの映画が。突き刺さるように痛くて、涙があふれました。

先日観た「やさしくキスをして」と同じく、イギリスの巨匠ケン・ローチ監督の作品。

舞台はスコットランドの田舎町。15歳のリアムは学校にも行かず、養護ホームの頃からの友人ピンボールと日々を暮らす。母は薬物依存の恋人のために服役中。リアムはその恋人といざこざを起こし、母を嫌い職業訓練をしながら自立を目指し一人で子どもを育てる姉のもとに身を寄せることになる。彼は母の出所後、母と姉と幼い姉の子と共に暮らすことを夢見る。そして、そのための家を手に入れるため、星を観ることが好きだった少年は麻薬の売買に手を染め始めるのだが・・・。

とにかく、一言で言うならリアルですね。リアムという少年の心の動きがとてもよく描かれている。麻薬の売買と、やってることはもちろんマズいことなわけですが、だからこそ逆に彼の必死さがよく伝わる。彼は麻薬を売るけれど、自分はやらないんですよ。おそらく母を刑務所へ追い込んだ麻薬を嫌悪してさえいる。それでも、ささやかな家族生活を手に入れるため、必死にお金を手に入れようとしている。

そして、彼の友人ピンボール。養護ホームで育った2人はお互い他には誰もいない、そんな想いでつながっている
親友。自分を大切にすることをしらない2人が、ギリギリの所でお互い相手をかばい合う姿はなんとも印象的でした。

一つ一つの少年の行動から想いがあふれてきて、でも、その行動はとても稚拙で、幼くて。周囲の現実が見えていないその少年の姿は確かにリアルな15歳。そして、必死な彼を取り巻く過酷で無慈悲な状況もまたリアル。

母親は彼の16歳の誕生日の前日に出所します。そして彼の16歳の誕生日は・・・?

残酷な非情な結末の中、ただ姉からの遠ざかる”I love you”だけが暖かかったです。

一言言うなら「観るべし」、ですかね。映画って、こんなに人間を伝えられる媒体なのだと、久しぶりに改めて「映画って素晴らしい!」と思いました。

そうして、最後に。舞台となったこの地域にはこうした子どもたちが人口比率としてはっきりと多いようです。でも、多くの人にとって、身近で出会い向き合うことはないことでしょうが、日本にもこうした子どもたちがいます。別に社会派を気どるわけではないですが、ただ遥か遠い海の向こうの出来事と流してほしくはないと願いましたね。

<>

<>

<>

<>


SWEET SIXTEEN
DVD SWEET SIXTEEN

販売元:アミューズソフトエンタテインメント

発売日:2003/08/22

Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0) | トラックバック (6)

2006年2月11日 (土)

卒業について

自宅で夕飯を食べながらTVを観ていた。
画面には季節柄か「卒業」を歌うミュージシャンの姿と、バックには卒業式にちなんだ映像。

卒業かぁ、いいねぇ。
思い出を手に、ここからそれぞれ旅立っていく感じが。

そこで、ふと気づく。私のもとに相談に訪れている人のかなりの人が卒業とか、卒業式というものを迎えていなかったり、迎えていたにしても良い形では迎えていない。
「小学校低学年から学校行ってません」とか、そんな方がいたりする。中学校から学校に行っていない、なんて方はざらである。

考えてみたらそれってすごいことだ。学校で出会った人、体験したこと、そして、それを手に次の段階へと進むイニシエーションのような卒業。自分が体験してきたそれらの出来事が自分のなかからすっぽり消えてしまったら?

学校に行っていないことが悪いわけじゃ、もちろんない。その時点では、それが唯一の道であったり、本人にとって最善の選択であったりするわけだ。けれど、学校に行かないという選択、あるいは行けないという状態は、決して簡単に「あ、学校行ってないのね」とあっけらかんと流してよいものでもないように思う。それなりの苦痛や決意、リスクを伴って選ばれた、あるいは選ばざるを得なかった選択なのだと思う。

そうして、彼らはなにがしかの形で社会に出て行った後も、「卒業」というものの影に触れる度に自分がそうした一般的な道を歩んでこなかったことを思い出すんだろうと思う。学校に行っていなかった、それは消えることはなく、彼らが一生おつきあいせざるを得ない事実なわけで。それをどう受けとめるかは、人それぞれでしょうけれど。(それが心理的であれ、履歴書の空白とかそういったことに現れるような社会的不利益という側面であれ)

世間では「心の傷」とか、「癒し」とか、そんな言葉が溢れているけど。痛みを感じる頻度が減っても、痛みの強さが消えても、中には一生抱えていかなければならないことがあると思う。それでも生きていくのが、生きていかなければならないのが人なわけであり。

だから簡単に心理屋は「心の傷を癒す仕事です」なんて言えないわけです。「大変でもなんとかそれを抱えて少しでもラクに、願わくばちょっとでもハッピーに生きていけるように、お手伝いできたらいいな」っていうのが心理屋かなぁ、と、昨日お会いしたクライエントさんの真っ直ぐ先を見据え始めた眼差しを思い出しながら考えた金曜の夜でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月10日 (金)

偶然の再開

仕事帰りに、某百貨店の某化粧品メーカーにカウンターに立ち寄る。で、売り子のお姉さんにあれこれ商品を説明してもらい、試したり。ちょうど、ほとんどの商品の説明が終わり、チークを直してもらっているときでした。

「先生!」

そう叫ばれ、反射的に(ええ、先生という言葉には反射的に振り返ってしまうのです・・・)横に座った女性を見ると、昨年教えていた受講生の方でした。その偶然にびっくり。
っていうか、タイミングにもっとびっくり!今、化粧直してもらってる途中ですよ。

まったく、どこで受講生に会うか分かりませんね〜。学会などでは教え子に会うことが増えた私ですが、そういうときは体制が整っているから、全然良いのですが。

いやはや。この街では悪いことはできないなぁ(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月 9日 (木)

掌から伝わるもの

昔、気持ちをうまく相手に伝えられずに落ち込んでいた私が「例えば、手を握って、それだけで指先から気持ちが伝わればいいのに」と言った時でした。それを聞いたある先輩は「そうじゃないから、おもしろいんだろ」と答えました。その時、私はひどく驚きました。そんな考えもあるんだ、って。

実際に、私たちは掌から想いを伝えることはできません。そうできたら、とても素敵で理想的なような気がするけれど。残念なことに、私たちにそんな力を持ち合わせてはいません。
だからこそ、私たちは言葉や態度で伝えることが大切なのだと思います。それでも想いが完全に伝わることはありません。それでもなお、否、だからこそ、私たちは伝える努力をしなければならない。

伝えようと努力する、その営みこそ、結果よりも素晴らしいものだと思います。
そうして、その努力の果てに最後に繋いだ掌にならば、一方は想いを伝えられたし、他方は受け取ったと互いに了解しうる何かが生まれる可能性があるのだろうと思います。
だからこそ、その掌から伝え得た想いには価値がある。
きっと簡単に想いを伝えられたら、そんな価値は生まれて来にくいのだろうと思います。
伝えようと努力することは、とても人間らしい、生々しい姿だと思うのです。

「掌から伝わればいいのに」、そう願ってから10年。
沢山の人との出会いを経て、沢山の想いを感じてきて今、そんな風に思うようになりました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年2月 8日 (水)

雨のあがる場所

青年海外協力隊で活動中のお友だちから,「ブログ作ったよ」とお知らせのメール。

ブログの名前は「雨のあがる場所」。

なんかとても優しい感じがしました。

現地の人々の姿が伝わってくるよう。きっと良い活動をしてるんだろうなぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

International Congress of Applied Psychology

昨日,11月にイギリスから帰国後超急いでAbstract作成してアプライしていた応用心理学会の国際学会から,メール届きました。

“your proposal has been accepted”

まぁ,学会だし,審査通るだろうな,とは思っていましたが,なんとなくホッとして。(なんせ大慌てで,2時間くらいで作った(涙)ので。英語も怪しかったろうと思って・・・)

で,学会といえば研究実績を重ねることよりも各地を訪れるのが楽しみの私ですが。今回の場所はギリシャ。小さな頃からの憧れの地です。

一緒に発表する後輩が気づけばその前の週(これまたギリシャ)の別の学会にも,アプライしているので,合計半月ほど!!こんなに長く続けて出かけるのは学部学生の頃以来です。

さー。学会にかこつけてバカンス,バカンス☆☆

地中海の青い海と白い街並み,歴史深い遺跡,そしてシェスタが私を呼んでいます!

今から7月が楽しみだぁ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年2月 6日 (月)

「やさしくキスをして」

「 スコットランドのグラスゴーで暮らす厳格なイスラム教徒のカシムは、カトリック系高校で音楽の教師を務めるロシーンと出逢う。夫と別居中のロシーンだったが、クラブでDJを務めながら夢を追うカシムに惹かれ、やがて2人は恋に落ちる。純粋な恋愛の前に立ちはだかる宗教の壁。残酷なまでの人間描写でイギリスの社会問題をテーマに描き出したケン・ローチの最新作。」

イライラするほど人間臭くてリアル。
途中、本当にイライラしました。その歯痒さはリアルに描かれているからこそでしょう。
宗教だけでなく、2人それぞれの感じ方や表現の仕方、それによるすれちがいも、あらゆる所に文化の壁を感じます。どうしてそう反応するの?どうしてそう動くの?どうして分からないの??
見ている方も決して超えられない壁の前で立ち尽くす2人の気持ちを感じます。

そして、2人をとりまく現実。こちらはもっと圧倒的。
宗教や文化、民族、その中で生きる家族、存在する組織。
2人が愛を貫こうとしても、現実は如何ともし難く、立ちふさがる。

そして、それなのに不思議なほど2人は寄り添おうとしている。

それが印象的でした。

相手へのリスペクトとか、理解し合うとか、そんなに簡単なことじゃない。リアルに描いたその過酷さと残酷さ。
だからこそ、2人がなおも共にあろうとする姿に共鳴する作品です。

ラストが微妙。今までのいくつもの伏線があったり、ラストの会話の流れも微妙でエンディングはハッピーとも、アンハッピーともとれる感じ。
だからこそ、もしかしたら、問われているのかとも思いました。
希望を信じ現実を変える力を持とうとするか、現実に圧倒されてニヒリズムを決め込むか?

<>

<>

<>


やさしくキスをして
DVD やさしくキスをして

販売元:アミューズソフトエンタテインメント

発売日:2006/01/27

Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (4) | トラックバック (7)

2006年2月 3日 (金)

贋作、あるいは早急な言葉への自嘲

現在の職場に来て1年10ヶ月。不思議に思っていたことがありました。職員用の冷蔵庫に大量の「タフマン」なる栄養ドリンクが置いてある。上司が1日1本飲んでいることは知っていました。けれども、気づけばタフマンは冷蔵庫の中に増えていくのです。

そのタフマンの秘密を知ったのは昨日。

タフマンはヤクルトの製品だそう。職場には昼になるとヤクルトレディの方がいらっしゃる。その姿を見て、思わず彼は「1週間分」買ってしまうのだとか。彼曰く「知ってる?俺らが出勤する頃には、あの人たちもう外回り始めてるんだよ」。その姿を見ると、思わず買ってあげたくなってしまうとのことです。でも、7本買ったら、大体週5日しか出勤しないんだから、冷蔵庫の中にたまっていきますよね(笑)

そんなタフマンの秘密を知った昨日。

それまで日々消費されるタフマンの空き瓶を見て「○○さんオヤジだなー」としか思っていなかったのですが(笑)。こんな彼らしい優しい秘密があったのですね。

私たちは少ない情報の中で日々それを元に判断して、そうして発言しています。その判断がたまたま正しい場合もあれば、まったく的外れな場合もあります。情報の量がそもそも少ない場合もあります。けれども、情報の量がそこそこあっても、情報を処理する側の自分の問題で理解や判断を誤る場合もあります。そのことに自覚的でないと、情報が不足していたり、偏っていたりすることすら知らず、知った気になってしたり顔、なんてこともあります。そうして、その誤りが人を傷つけたり、事態を悪くしたりすることもあります。

最近、私は思います。

「私は贋作である」

状況が変わっても、どんなに大きな仕事をしたり、立派なポジションについても、私は所詮世渡り上手で器用貧乏な凡人に過ぎません。世の中には「本物」の方がいらっしゃいます。「天才」とも言える方がいます。その人たちの圧倒的な才能と実力の前で、私は自らが所詮「贋作」であることを、しみじみと思います。そして、恐らく私が贋作であることは一生涯変わらないでしょう。

でも、それは仕方のないことだし、凡人は凡人らしく努力をし、贋作であることを自覚しながら、自分のようにやっていくしかないのです。それでいいと思います。

ただ贋作なのに、置かれた状況に甘え、本物であるかのように錯覚するのはやめようと思います。私は「言葉」がたつ。そのことは私の一部であると同時に、私を私の身から離してしまうほど大きな力になりかねません。

タフマンの秘密を知った帰り道。車内で朝日新聞の広告を見ました。書かれていたのはこんなキャッチコピー。

「言葉は 感情的で、残酷で、時に無力だ。

それでも 私たちは信じている、言葉の力を」

「言葉の力」って何だろう?

ふと疑問。言葉本来の力なのか、それともマスメディアというメディアの力なのか?そもそも言葉本来の力を宿すほどの中身を伴っているのか?

発された言葉が、単なる感情的なナルシズムでないことを願います。

で、私自身。

贋作の私ですが、言葉は恐らく私に与えられた数少ない大切な表現手段。それだけに、言葉に頼りすぎ、早急に言葉を発することが、私という存在を過剰に膨らませないように。贋作であることを自覚して、誠実に言葉を紡いでいきたいものです。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006年2月 1日 (水)

信じるものは救われる?

ご無沙汰です。

何をしていたか・・・うーんと、風邪(笑)

まだちょっと咳が残っているので、残念ながらヨガはお休み中ですが(以前、風邪の治りかけにジムに行って、熱を出したという苦い経験があるので・・・)、それ以外は通常通り復帰してます。

お仕事も普通に行ってます。というか風邪の間も休めませんでした。

頓挫していた、研究も随分予定より遅れていますが、追っかけなんとかやってます。

2月末の報告、1つは確実に間に合いそう。もう1つは・・・ふー。不完全でも提出するしかない。また後で修正版を出しましょう・・・。

で、復帰にあわせて、とりあえずまた計画の建て直し&生活の見直し。

予定は未定で、計画が随分ずれこんでいるので。

今回はね、ちょっと風邪でちょっとダラダラしたから、かなり気合入れて。

1つ。生活の見直し。

友人が睡眠障害のクリニックに勤務してます。で、色々最近、聞かせもらって。私、昼間に眠気がくるのが結構多い。それに昔から寝つきが悪い。あまり睡眠の質が良くないのかも、と思ったり。それに、ダイエットもしてるから、いつ何を食べているかもちゃんとこの際だからチェックしておこう!と思い立って、睡眠・食事を含めて、自分が1日どんなふうに過ごしているかをチェックすることにしました。

2つ目。美容。

風邪をひく直前に、マッサージの本、買いました。前から気になっていた”ゴッドハンド高橋ミカ”さんの、毒だしマッサージ(DVDつき)。基本ミーハーなので(笑)。マッサージとか、リフレクソロジーとか大好きなんですけど。正直、たまに行ってもすぐに戻ってしまうし。で、しょっちゅう行こうと思うと、もちろんお金がかかる。そんなわけで、今までマッサージ、特に香りもの大好きなので色々アロマオイルを使ったりしたセルフマッサージには興味津津だったのですが、決め手に欠ける感じだったのね、どれも。で、買ったのがこれ。顔から全身のってるので、まずはここから始めてみよう!ということで、春まで3ヶ月これをやってみようと決めました。

さらに、前にも話題になっていた佐伯チズさん。雑誌では色々拝見したりしていたのですが、ついに1冊買いました。文庫で安かったし。季節ごとのスキンケアから、メイクまで。すごいですよ!これ!!私、けっこう化粧崩れして化粧直し1日数回しないとキレイが保てない感じだったのですが、びっくりするほどメイクが崩れない!!驚異的ですよ。もーびっくり。

まぁ、飽きっぽい私ですが、ひとまず3ヶ月を目標に健康管理と生活管理と美容の管理、ちゃんとやってみようかなー、と思っています。なんでも「これでいいのかな?」「あれでいいのかな?」と不安がってあれこれ手を出すとダメですよね。受験勉強が典型的な例だと思いますが。

もちろん疑うことも必要ですが、過剰な不安は成功の敵。ひとまずGWまで3ヶ月を目標に、健康で美しく、仕事も充実した生活が送れるようになる日を夢見てやってみましょう。すでに早速キレイになっている肌に少し満足しつつ、3ヵ月後を夢見る今日なのでしが。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆

ハッピー指数 80%

☆☆☆☆☆☆☆☆☆

信じるものは救われる??

佐伯チズメソッド 肌の愛し方育て方 ―今までだれも言わなかったスキンケアの新提案50 Book 佐伯チズメソッド 肌の愛し方育て方 ―今までだれも言わなかったスキンケアの新提案50

著者:佐伯 チズ
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

高橋ミカのDVD de 毒出し セルフマッサージ

Book 高橋ミカのDVD de 毒出し セルフマッサージ

著者:高橋 ミカ
販売元:宝島社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年1月 | トップページ | 2006年3月 »