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2005年12月 5日 (月)

センチメンタル指数

月曜日の夕方は私の好きな時間です。
月曜日は現場で仕事。その後、夕方移動して、夜、英会話に通っています。
その移動の間に1駅分、20分ほど歩いている時間が私はとても好きです。
それはハッピーという言葉で表現できる時間ではありません。
でもアンハッピーでもありません。
むしろセンチメンタル。
そんなセンチメンタルな月曜に歩きながら考えた話を。
・・・・・・・・・
昨日、今日、自分よりも少し年下の女性が一生懸命生きている様子に、色々と想いを巡らせました。
昨日は以前のdiaryにも書いた箱庭円舞曲(http://tokyo.cool.ne.jp/hakoniwaweb/)という劇団の「否定されたくてする質問」という舞台を観に行きました。テンポよく、面白かったですね。(面白かったって陳腐な言葉ですけど、ちゃんと表現しようと思うと長くなってしまうので、ひとまず面白かったとここでは括っておきましょう)
その後、打ち上げに参加させて頂きました。
そこで、20代半ばのスタッフさん、というのかしら?、裏方さんというのかしら、そういう女性とお話しました。
すごく感じたのが、彼女が仕事の1つ1つに真摯であるということ。
仕事が丁寧ということではなくてーそれもあるんだけれどー、それ以上に、そこで創り出される作品と、自分や自分の歩んで来た20数年間との関係に真摯であるということです。その創作は、皆で一つの芝居を完成させるというところに外的には収束していくのだけれど、そのプロセスに於いて自分自身と向き合い、自分自身の想いを乗せて作品を創り出す、というひどくパーソナルで内的なプロセスを含んでいるということに、私は興味を抱きました。
それは、言葉にすると素敵なプロセスのように見えて、一歩想像してみれば、ものすごく心の体力の居る作業ではないかと思います。だからこそ、さらに素敵だと私は思いました。
今日の夕方最後にお会いしたクライアントさんも同じ20代半ばくらいの女性でした。彼女も一つ一つに真摯で真面目。だからこそ人一倍苦しいことが増える。ただ、今日私は彼女はきっと素敵な女性になっていくのだろうな、とふと思いました。
・・・・・・
夕方、すっかり日の暮れた中を歩きながら二人のその真摯な生き方を思い浮かべ、二人を心から応援したい気持ちになりました。私は生きることに真摯で不器用な人間が好きです。
そして、きっと彼女たちは素敵な女性になっていくことと思います。なぜならば、自分自身に向き合い、真剣に苦しむことは人を成長させるから。
もちろん、苦しみすぎるのは良くないのですが、自分に目をそむけ続けても、人としては成長しないですよね。
むしろ自分を苦しめすぎずに、自分を見つめ、受けとめることができるようになっていくことが大切なんじゃないか、と思います。
今、自分に精一杯、逃げずに生きている彼女たちの数年後はとても楽しみ。
・・・・・・・
そんなことを考えながら、ここ数年の自分自身を振り返りました。
随分、要領も良くなりました。処世もうまくなりました。
それでも、やっぱり相変わらず器用になりきれない自分がいて。
でも、それで良いんだよね?って。彼女たちの姿を見ながら思いました。不器用な人間はそのようにしか生きられないのだと思います。そんな自分でも良いんだよね?自分らしく一歩一歩逃げずにやっていくしかないのです。
自分の限界に想いを馳せつつ、お気に入りのバラードを聴きながらビル街を通り抜ける、そんな月曜日の夕方は本当にセンチメンタル。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
センチメンタル指数 99%
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
私は、少し切なくて、どこか温かい、そんな人間臭いセンチメンタルな心持ちが大好きです。
ハッピーではないけど、センチメンタルは自分にとってとても大切な感情だし、私らしい感情だと思います。

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コメント

はじめておじゃまします。

T大関係の知り合いのHPのリンクから飛んできました、スクールカウンセラーをしているものです。

やや長文になって申し訳ありませんが、最近、あきさんのこのカキコに反響するように、考えたことを書きたいと思い、書いてしまいました。


>なぜならば、自分自身に向き合い、真剣に苦しむことは人を成長させるから。

先日、ある不登校の子の家庭訪問に行った時のことです。

その子は中学生とは思えないほど、筋が通っていて、いろんなことを考えて、話せる子でした。

母親と似て、まっすぐに育った分、本当に真摯な子だと数時間あって話しだけで感じました。

でもその子は、幼稚園の時から、いじめを受けていて、
もう学校が安心していけない、ということで不登校になった、
と本人が話してくれました。

この子の話から、この子は本当にまっすぐで、人一倍やさしく、繊細だからこそ、その分苦しんできたんだな、と思いました。

こんないい子が今の学校では安心していれないなんて、本当に今の学校は、今の子どもたちの置かれている状況は、私たちの時代以上にハードで、残酷で、行きづらいのでは、と思いました。

そんな不器用でまっすぐな子がつまづいた時、折れてしまいそうな時、それを支え、よりやわらかく生きていけるように一緒にがんばっていくことが、現在の臨床心理士の役目なんじゃないかな、と思います。

私的には、臨床心理士は、真摯で芯はまっすぐだけど、柳のように柔軟に、状況に応じてしなれる木に近づけるよう、自ら努力していく存在だと思います。


・・・とやっぱり長いですね。
よろしければ、今度はもっと絞った形で書きたいと思いますが、
まだお邪魔してもよろしいでしょうか・・・?

よければ、また、よろしくお願い致します。

投稿: きゅう | 2005年12月 8日 (木) 21時22分

きゅうさん
コメントありがとうございます。

>そんな不器用でまっすぐな子がつまづいた時、折れてしまいそうな時、それを支え、よりやわらかく生きていけるように一緒にがんばっていくことが、現在の臨床心理士の役目なんじゃないかな、と思います。

そうですよね。不器用でまっすぐな人ほど生きにくい。私も日々それを感じています。正直、こんな生きにくい世の中をひとまず棚上げて、その子が出来ることをまずやっていこうという方針をとらなければならないことに憤りを感じるときもあります。子どもが生きにくい世の中ってどうよ!?って思います。
でも、それでも、そんな中まっすぐに生きている人たちを支えていくことが、私たちの仕事ですよね。そして、その人たちが苦しんだ分だけ、少しでも良い人生を歩いていってくれるように支援したい、そう思っています。

>私的には、臨床心理士は、真摯で芯はまっすぐだけど、柳のように柔軟に、状況に応じてしなれる木に近づけるよう、自ら努力していく存在だと思います

私もそう思います。しなやかに生きていくことはとても大変なことですが・・・お互い、良い臨床家であれるよう、少しずつでも頑張りましょう!また是非、遊びに来てください。

投稿: aki | 2005年12月 8日 (木) 21時59分

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